ツイッターを活用した「つぶやき」広告サービスです、と言われても。。

少し前、知り合いの某代理店マンから「新しいサービスを始めたので聞いてください」と電話がかかってきた。どんなサービスか聞くとTwitter関連だという。その代理店さんはYahoo!JAPANの虫眼鏡や検索ボックスのキーワード入力補助枠の広告を売るのが生業の代理店さんだ。

前回、その営業マンは私にYahoo!検索ボックスのキーワード入力補助枠の広告を売り込みに来た。

そして今回はtwitterユーザーを会員化し、つぶやいてもらサービス。会員はクライアントの広告内容をリンク付きで(自分の言葉で)つぶやき、クリック課金で報酬をもらうというもの。フォロワーが多い人ならそのツイートが波及し、RTが増えればそれだけクチコミが広がる。。。

なるほどー、いいなあ。。。ってなるわけない!

まず、お小遣い稼ぎするためにはフォロワーが必要。多いほうがクリックされる数も多くなる規模の経済だから、とにかくフォロワーが多いほうが小遣いが増える(可能性がある)。

その結果、何が起こるか。→まったく関与度の低いフォロワーをやたらめったらと増やし、フォロワーを増やす手に出る。フォロミー.jpなんかを使ったり、熱心につぶやいて鮭の産卵のごとくフォロワーを増やす。そして、(クライアント)には興味がないが、お小遣いもらえるからつぶやくという人が増える。。。

これは極端な邪推かもしれないが、そうなるのはイヤなんだよね。

twitterが汚される!という嘆きというものではないんだけど、私自身はtwitterに「情報収集ツール」としての価値や知人の近況把握、知人、そして、twitter上で知り合った人たちとのゆるいつながりを自分のテンポラリーな資産価値として認めているため、自分の言葉じゃないモノや特に共感しているわけじゃないRTなどを見せられるのは御免なんだなあ。

もちろん、そんなツイートばかりじゃないとは思うんだけどね。

アフィリエイトにご執心の方のブログを見ていてもウンザリすることがある。有名なブロガーさんが自分の言葉で自分の考えをエントリーし、そこに関連する書籍やサービスを紹介するのはまったく問題ないことだと思うし、むしろありがたかったりするものだ。ただ、自分の「ココロ」が作られたモノで綴られているアフィリエイトのためだけに運営されているブログはなんとも言いようがない。

私はツイッターにはそうなってほしくないのですよ。

とはいえ、すでにクラアントさんも付いているようで、どこかの誰かがその本人の趣味嗜好とはあんまり関係ないのに突如、墓石のことをつぶやいたりするケースがあったりするんだろうなあ。

「つあど」とどこが違うのか良くわからないんだけど、まあそんな内容だったわけです。

ちなみに前回Yahoo!のキーワード入力補助枠の広告を聞いたときもプチ憤慨。検索されている言葉がフェアに扱われなくなる気がして非常にやるせないキモチになった。

広告は広告として、はっきりさせるべきで、PPCのようにエリアが別で設けられているケースとキーワード入力補助の箇所に現れるのはちょっと違う気がする。これはYahoo!さんに早く廃止してもらいたい。

twitterって、もちろん知らない人もタイムラインにいるわけだけど、140文字以内でうまく自身のキャラクターを出してる人っておもしろい。キャラと表現力があれば、140文字内でほんと最高におもしろい(有益な)人になれるツールだなって思う。

私はただ、そういう自分が好きな部分を壊されたくないだけで、広告がダメと言ってるわけじゃないのでそれは誤解なきようお願いします。

イケアの強さはカンプラード氏の禁欲的でブレない精神

8月16日の日経MJ「底流を読む」(消費産業部次長:中村直文氏)を読みつつメモ。

イケアが船橋に日本1号店を開業してから5年目を迎える。いまでは横浜、大阪など5店を数え、もうゆるぎない地位を築いていると言っても過言ではないだろう。

私と同じような年代の方々はご存知の方が多いが、イケアは一度日本に進出し、失敗していることは意外と知られていない。イケアが最初に日本進出をする何年か前のことだが、私が当時勤めていた会社にある商社を通じて、イケアから業務提携の打診があったと記憶している。当時は日本進出を有店舗販売ではなく、通販という形でスタートさせようとしていたはず。日本での商売のやり方がわからずどこかと組もうとしていたのは間違いない。

そんな過去もあったが、MJのコラムによると、全世界で3兆円を超えるイケアが気候風土や生活文化の違いという壁を乗り越え、ここまで日本市場をこじ開けたのは創業者であるイングヴァル・カンプラード氏の禁欲的な精神とブレない組織風土によるものが大きいとしている。

「無駄遣いは人類最大の病の一つ」と話すカンプラード氏の節約ぶりは有名だそうだ。3年前に来日した際もエコノミーでホテルも標準レベルだった。

これについては、もっともだと思いながらも賛成はできない。私自身「無駄遣いは美徳」とまでは言わないものの、消費生活を楽しいものにしている(後悔の念も含め)のは「無駄遣い」という非科学的な行動があるからにほかならないと思うし、イケアを訪問した方の多くは大量の無駄遣いをしていると思われる。イケアの場合は、アイテムごとの単価が安いため、そうダメージにはならないが。

無駄遣いを科学的に解明するほうが社会の役に立つような気がするねなあ。

その来日の際、ジャパン社長のペーテルソン氏が「夕食はどこへ行きますか」と尋ねると、「吉野家に行きたい」と即答したそうだ。夕食代を惜しんだわけではなく、単純に日本に根付いた生活文化を知りたかったのだろう。「消費者の役に立つことが最大の使命で、そのために人の望んでいるものを知らなくてはならない。」とは彼の口癖だそうだ。

これはもうまったくその通りで、ヒットするもの(こと)とは顕在化していないニーズに対し、適正な場所、適正な価格、適正なチャネルで供給できるかどうかにかかっている。

目先の利益より「買い物客の行動を知り尽くせ」というカンプラード氏の精神は入社時に叩き込まれている(ペーテルソン氏)

すばらしい精神です。小売業はこうあるべきお手本のような考えです。当たり前のことが一番むずかしい。実践し続けるのはなおさらだ。松下幸之助さんや中内功さんなどもすべて同じ精神だ。

イケアの観察眼は徹底している。一般家庭に入り込み、年中行事のように生活ぶりを観察するそうだ。そのサンプル数は数え切れない。ただ、それだけには飽き足らず、埼玉県八潮市の団地の一室を借り、日本の住居環境を分析したほか、今年に入り、スウェーデンにある創業の地に3LDKのモデルルームまで作ったそうだ。こうした学習の連続で梁(はり)、押入れ、畳といった日本独自のものや暮らし向きを把握しながら、ノウハウを蓄積してきたのだ。

一方で「布団やこたつは売れるとわかっていても置かない」というブレない姿勢を持つ。品揃えを広げすぎると、製造コストが上昇し、全世界に低価格品を提供するという経営理念が崩れるから。

あくまで商品は全世界共通で、その中で最大の顧客満足を引き出そうとするのが基本の考えである。世界市場を網にかけながらもすべての顧客を追わず、理念と限界を見極める感覚がイケアをグローバルでローカルな「グローカル」企業として成功に導いたのだ。

中村氏は最後にこう結んでいる「海外進出を目指す日本企業にとって大きな壁でもあり、お手本でもある。」と。

私が所属する企業はこれから売上拡大を目指すにあたり、新規商品開発や新規事業開発という局面で今後いろいろなことを考えていかねばならない。理念やブランディングを強く標榜しすぎたあまり、失敗してきた企業も多いし、迎合しすぎると経営理念は一気にブレてしまう。「らしさ」を演出するには何が最低限必要なことなのか、勝負するポイントは?などなど、企業が新規事業に取り組んだりするときなど、大切なことがこの「イケアの強さ」に詰まっていたと思う。

私も「頭文字Aにひかれるワタシ」に激しく賛同する

これは納得(というか、なるほど。確かに。のオンパレード)だった件。

販促会議に指南役代表の草場 滋さんの連載「買う5秒前」というのがあるのだが、5月号のそれが非常におもしろかった(え、今頃5月号?と言うなかれ)。

常々、私はタイトルとか商品名とかネーミングに最大の注意を払うことがプロモーションとかPR成功の近道だと思っているのだが、今号の「頭文字Aにひかれるワタシ」のそれには激しく同意した次第。コピーライティングの勉強をしたわけでもないが、やはり、何かに付けてタイトルとかネーミングというのは大切だと思っている。

草場さんの連載によると、

自分の周りにA(あ)で始まるネーミングでヒットしているものが多い。それはもちろん アルファベットも五十音も順序上、最初の音というものだけではないのではないかという仮説。英語、日本語、フランス語、アラビア語など世界のありとあらゆ る言語がA(あ)に該当する一音から始まる。

以下、引用すると、

そもそも、僕らがこの世に生を受けて、最初に発する言葉がそうである。よく、赤ちゃんが最初に発する言葉は、洋の東西を問わず「ママン」と言われるが、実は赤ちゃんはその前に、意味をなさない「アー」という言葉を発している。それが「マー」となり、母親を意味する「ママン」となる。

つまり、草場さん曰く、A(あ)で始まる(頭文字A)は、私たち人間がこの世に生を受けて最初に発する言葉という意味においては最も馴染み深い言葉だと。

草場さんが挙げているAで始まるヒットとしては「AKB48、嵐(ARASHI)、ANA、Avatar(アバター)、Apple、Amazon)がある。ワタシ的にはAじゃないけど、iPhone、iPadは「ア」で始まるのでこれらも同じ考え方かな。

ネーミングの良し悪しはヒットを生むための重要な要素だけど、頭文字Aには人間の本能に訴えるチカラがあるように思えてならない。→さすが草場さん。

商品開発やPR、プロモーションに携わる方は「頭文字Aの魅力」をどこか頭の片隅に置いておく必要があると思いますね。

そういや、ソニーのロボットは「AIBO」、ブログの王者「アメブロAmeblo」など、周りに頭文字Aは多いと思う。

「愛想力」はオトナのコミュニケーションへの近道

「お愛想してくださ~い」

よく使いますよね。この場合のお愛想(おあいそ)は、本来お店側が「何の愛想もなくてごめんなさいね。」とお客さんに断りながら勘定書を示していた言葉。ま、それはさておき、「おあいそ!」と親が店員さんに言う姿を子供のころは「オトナな表現」だなあと私は感じていた。

この「愛想」というのは現代社会のオトナなコミュニケーションにとって大切な能力だと思うのです。

私たちは人と人とのコミュニケーションというものが必要な社会に暮らしている。家族という単位から、ご近所さんの付き合い、学校のクラス、部活、団体・会社の所属部署、そして社会全体という大きな単位までいろいろなところに所属していて、誰しも好きな人とばかり会話をするわけじゃない。

特に会社勤めの場合、好きな人とだけ仕事をしていれば良いという環境はなかなかなく、苦手な人や嫌いな人とも社業発展のために議論したり、協調したりしなくてはならない。当たり前だが、好きな人とだけ会話していても発展性がないし、人間としての成長が見込めない(と、私は思う)。

常に自分の気持ちに正直で、相手に対して真っ向勝負の人間もいるが、軋轢を生んでしまうことがある。本人は気づかないこともあるかもしれないけど。

「その気持ち、わかるけど、何もそこまで確信を突かなくてもいいでしょう」という思いや「そりゃそうだけど、そう言ってしまうと身も蓋もない」という受け止められ方というのは常に自分たちの周りに存在するもの。

そこでコミュニケーションを円滑にする技として「愛想」というものが存在するのだろう。下記の通り、辞書によると「言葉遣い・表情・態度・振る舞い」なので、これは紛れもなくテクニックなのだ。「愛想」をきちんと使える人はリアルな付き合いでもバーチャルな付き合いでもたぶん周囲の人とうまくいってる。

goo辞書によると、

  1. 人に対する応対の仕方。好感をもたれる言葉遣い・表情・態度など。
    →愛想がいい、愛想がない人
  2. 人を喜ばせるための言葉や振る舞い。
    →愛想を言う
  3. 相手に抱いている好意。
    →愛想が尽きる
  4. 特別な心遣い・もてなし・心付けなど。
    →なんのお愛想もございませんで
  5. 飲食店などの勘定・勘定書。
    2.4.5.は「おあいそ」の形が多い。

ただ、この「愛想」というやつはそれほど肯定的な言葉でもない。そこがミソだ。「愛想がないヤツだなあ」と言われるより「あいつは愛想がいい」と言われるほうがいいのだが、なぜか愛想がいいと言われて心底喜べない気がする。だからこそ、オトナの武器なんだろう。

「i」は人であり愛である。i のそばには「t」があり、2つが仲良く機能すれば社会はよくなる。

武田鉄矢さん演じる金八先生の「人という文字は…」のくだりみたいになって恐縮です。

「i」は人、そして「愛」。

「i」のそばには「t」がいる。それは、テクノロジー。
「i」と「t」、愛を持つ人とテクノロジーがいつも仲良く肩を寄せ合っていると社会は必ず豊かになるんだろうなあと。

 

実は金曜日、ソフトバンクの新30年ビジョン発表会に参加した。
会場にいた株主の皆様やtwitterで応募し、当選した1,000人の一般参加者といっしょに孫さんの最後の大法螺を見届けた私ですが、最近、自分の仕事や環境に苦しんでる自分にとっては非常に有意義な時間を持てたと思う。

孫さんが目指すのは真の情報革命。社会全体がITによって本当の意味で豊かになること。
会場にいた人やUSTを最後まで視聴した人の中には、孫さんの一世一代の大法螺に共感し、心踊ったり、自分自身と比較して疑心暗鬼になったり、耳をふさいだりといろんなリアクションがあったことと思う。そういえばペテンだの詐欺師さの言ってる輩もいたとか。

それは個々人の受け止め方だし、誰がどんな感じ方をしても人それぞれだと思う。
私自身が冒頭に書いた「it」の解釈は、孫さんの「志高く」を読み、このイベントに参加して感じたことである。純粋にそういう社会が来ればいいと思う。

何百年経とうが人間は人間。
血が通った生身の人間は食事もするし、排泄もする。人を好きになったり、嫌いになったり、傷ついたり、わがまま言ったりということは変わらない。我慢もするし、辛いときには涙も流すだろう。おもしろいと思えば大声で笑ったり、ときには間違った選択をして迷ってしまうこともあるだろう。
そういう基礎的な部分での人間らしさは残るけど、ITの進歩はこの人間的な営みをもっともっと感動的にしてくれるのではないかと。

20年以上前の学生時分に、友人たちと「腕時計みたいな電話があればいいね」とか「007シリーズに出てくるボンドの小道具があれば」などと言ってた時代は確実に進歩し、使い切れないほどの機能を搭載した携帯電話が存在し、情報通信端末は完全にその空想世界に近づいたわけだ。

そういうことを考えると、金曜日の孫さんの演説は、子供のころに持っていた夢の続きを見させてくれるものだったと言える。現代に生きるポケットのないドラえもんのようだ。
ちょっと褒めすぎ。

ただ、すべてに共感・満足したわけじゃない。
情報革命の中でアナログ文化が消滅し、誰も「紙」を持ったり、使ったりしなくなるというフレーズがあったと思うが、そこは共感できなかった。この15年ぐらいウェブ畑で仕事をする私ですら、100%紙というメディアが消滅するとはやはり思えないから。ただ、どうなってるかは予測できないので、仕事柄、30年後の手紙の在り方とかを考えてみたいとは思う。

「i」は人であり愛である。i のそばには「t」があり、2つが仲良く機能すれば社会はよくなる。
そう思うと、これから世を良くするヒントはまだいくらでも隠れてる気がする。

ワールドカップとプロゴルフトーナメントに感じた共通点

サッカー好きandゴルフ好きにとってこの週末はテレビの前にいる時間がふだんよりも遥かに多いことだろう。

私も毎日仕事とサッカーの両立が忙しい上にいま全米オープンを見ながら「外出せねば」と思いながらもこんなエントリーを書いてる(笑)

さて、団体競技と個人競技のこの2つの競技だが、こんな共通点があると感じている。 それはコンディション作り。 ご存じの通り、ワールドカップは決勝戦まで1ヶ月という長丁場、ゴルフトーナメントは4日間。1試合だけ、1日だけの結果が良ければいいというものではなく、その期間の最後の日に最良の結果を出せば良いというものなのだ。

ワールドカップで優勝候補になっている国の多くはグループリーグからアクセル全開ではない。予選リーグを通過し、決勝トーナメントで勝ち上がり、決勝戦までは7試合を戦わなければいけない。 何しろ1ヶ月の長丁場。毎回同じメンバーで同じコンディションで戦えるほど甘くはないし、イエローカードの累積などでコンディションが良くても出られない選手がいたりする。

かと言って最初は手を抜いてもいいのかというとそうではない。32ヶ国の出場国の中には多少力の劣る国もあるかもしれないが、ジャイアントキリングはいつでも起こり得るし、決して手は抜けないにだ。そういう状況の中で指揮官や選手自身はコンディションを上げていきながらきちんと勝ち進まねばならない。

疲労が蓄積していく中でチームとして熟成していき、個人個人の集中力が切れないチームが勝ち残る。ワールドカップは「上手い国」が勝つのではなく、「強い国」が勝つと言われるのもわかる気がする。

ゴルフの場合も予選初日にトップに位置付けた選手が最終日までトップを守り続けるのはあまり見たことがない。凸凹があるのは当たり前で、徐々にコンディションを上げながらスコアを上げていくというパターンの方が多いのではないだろうか。 タイガーチャージなんかはまさにそれ。疲労が蓄積していくのは皆に共通しているが、その中でコンセントレーションを上げて行くことができる者が勝利に近くなるのだろう。

仕事も勉強も同じかもしれないなあ。すぐに結果が出なくても最後に結果を残せるように努力していく訳だから。

メルセデスは縦目がステキ

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メルローズアベニューにあるラルフローレンの新しいショップ「BEACH」の前に止めてあったメルセデス。

70年代から80年代だろうか、とにかく渋い。この頃のクルマは個性たっぷりでやんちゃな感じがとってもいいね。

アメリカは車検がないからか(ホントか?)古いクルマが目に付く。
ボッロボロでブォオオン!なんておとを立てながら走ってるんだけど、これまたカッコいいんだ。

私は便利なクルマより「いいね!」と感じるクルマに乗りたい。
テクノロジーは現代、デザインは30年から40年前くらいのがあったらいいのに。

このメルセデス、もちろんナンバープレートは以前のカリフォルニアナンバー。ブルーとイエローのコントラストがステキなのです。

間違って覚えられても認知されることは良いことだ。たべごろを見逃すな。

ランチに行ってたお店で隣に座っていたシニア男女の会話がおもしろかったのでついついエントリー。


シニアやシルバー層にとってネット上にあまた存在するカタカナや英語は覚えられないだろう。
シニア・シルバー向けのサイト構築でも用語の使い方は結構キモになると思う。
ま、これから書く話はそんな小難しい話じゃなく、単なる「言いまつがい」レベルなこと。

その二人はなにやら「おいしいお店をどうやって探すか」みたいな話をしてたんだと思う(邪推w)。
別に聞く耳を立てていたわけじゃないが、男性の口から「インターネット」という単語が出てきたので、すぐに反応してしまった。

「知ってる?最近はインターネットに便利なものがあるんだよ」と男性。
「友達から教えてもらったんだけど 食べごろっていうインターネットのこと。そのインターネットったらね、見ず知らずの人が行ったことのあるレストランとか居酒屋を採点してんだよー。でね、3.5点とか4.2点とか採点されてるから、探してるお店の点数見て行くかどうか決めればいいんだよ。ま、オレは点数なんか気にしないけどさ」と。

傍らの女性が「その 食べごろってインターネットすごいね。私、今度、池袋で幹事やらなきゃいけないのがあるんだけど、その 食べごろってのを使って探せるかしら?」

「うん、きっと見つかるよ。食べごろで」

ベタなCMみたいですが、これ本当の会話です。
そして、間違いなく、その男女が話していたインターネット(笑)は「食べログ」です。

ちょっとした思い違いか、ログという言葉をふだん発したことがないからか理由はわかりませんし、そんなことどっちでもいい話。
「食べごろ」と思って使ってくれてもいつも使い続けてくれるなら御の字ですね。
おそらくこれは言いまつがいのレベルだと思います。いつか気づくでしょう。
ブランディング論とかを書くつもりはありませんが、親しみやすく覚えてもらいやすいネーミングって大事だなと感じた次第。

私もそのうちシルバー世代になるだろうし、いま、いくらパソコン使ってる、iphone使ってると言っても、その時代のテクノロジーやトレンドにいつまでキャッチアップし続けることができるのか。ちょいと不安になってしまいました。

それにしても「食べごろ」ってのはドンズバのサイトはないようですね。
生鮮や果実系の直販とかあってもよさそうなのに。

夏近し−ダイエット報告

Diet

昨年の秋から年末にかけて本当によく飲んだし、よく食べた。
そして、今年の1月3日。体重計に乗ったときのショックから一念発起。
飲食でカラダにストレスと負荷をかけていたことを十分反省し、ダイエットにチャレンジしてみた。

ダイエットと言ってもただただ普通の生活にしただけかもしれない。

心がけたことと言えば以下のようなこと
  • 一駅か二駅歩く。会社は恵比寿で日比谷線〜東横線で帰るのだが、行きか帰りのいずれか中目黒−恵比寿間を歩く。週末もできるだけウォーキングする。
  • お昼ごはんを外食から内食にし、お弁当やおにぎり2個だけという軽いものにした。これまでほぼ外ランチだったのを週に1度くらいに減らした。
  • ビールを減らした。ハイボールとワインを増やした。
  • 飲んだ帰りにラーメンやCoCo壱に寄り道することをやめた。
あとは会社で考えが行き詰まったりする際に恵比寿や広尾界隈を散歩するようにしたりしている。
でも、食べることを極端に節制しているかというとそうでもない。
焼肉もパスタも相変わらず大好きだ。
「あと一品」「あと一杯」というのがなくなっただけかも。。。

グラフは直近3ヶ月のグラフ。iphone使って記録し始めたのは1月下旬。
1月の初旬は73.0kgぐらいあったのが、今朝は67.3kg
相当減ったなあ。
たぶん、30代前半のころの体重になった気がする。
おかげでパンツ類が合わないのだ。

ともあれ、久々にこういうのやってみて楽しかった。
適正な体重まで落ちるとカラダが楽になる。
最近は「やせた?」から「やつれた?」に変わってるのが気がかりではあるが、68〜69kgぐらいでキープできればなあと。

みなさんもいかが?夏は近し。

先にある「幸せ」をきちんと伝え、感じさせること

最近、本当に多くのECが存在し、市場は活況を呈している。
これだけ多いと、欲しいものを探すのも情報が多すぎて苦労することもしばしば。
リアルなショッピングと同じでECでも賢い消費者は探し方も上手なんだろう。

でも、買い物の仕方って人それぞれプライオリティが異なると思うのです。

  • 価格
  • 品質
  • スペック
  • ポイントサービス
  • アフターサービス
などなど、いろいろ重点を置くポイントって、あると思う。
でも、本当に大切なのはその商品を使うことでどれだけ「幸せ」になるかに気づいてもらうことじゃないかなと。

繁盛しているショップは、そういうことをしっかり伝えているような気がしてならない。
いろんな極意があると思うのですが、これだけは忘れないようにといつも思ってるのは「FABの観点」
これを用いてモレなく商品を説明していくことがとっても大切なんだと思ってます。

F:Feature(特徴・仕様)
A:Advantage(優位点)
B:Benefit(便益)

ボクが愛用しているレターカッター。

F:コンパクトでかわいらしい
A:カッターの構造上、紙クズが出ない。刃が隠れていて安全
B:切るときの感触が気持ちよく、ウザイDMを毎日でもカットしたくなる。開けずに放っておきがちだったDMを開封するようになった。

最後のBはちょっと厳しいかもしれないけどw
食品なんかだと「嫌いだったのに好きになった」とか「毎日食べているとお肌がツルツル」なんかはもう完全に「Benefit」です。

忘れちゃいけないのはFとA、つまり、スペック部分や従来の商品と比べてどうなんだというのは大前提として必要。よく切れる包丁なのに5kgもあるってことを隠してたら、絶対返品になるでしょ?(そんなものないか)

しっかりとスペックや安心の品質面を説明した上で、この商品を使うとこんなにも幸せが訪れるんですよということを精一杯伝えることが「買っていただく」きっかけになり、リピートを生むんだと思います。